共同親権制度が始まります。何が変わるのか?
令和8年4月1日から、離婚後も父母が共同で親権を持つ「共同親権制度」がスタートします。
「何でも元配偶者の許可が必要になるの?」
「引っ越しは自由にできるの?」
「宿泊交流は断れる?」 (→Q10参照)。
「DVがある場合はどうなる?」
この記事では、改正民法824条の2を中心に、実務で問題になりやすいポイントをQ&A形式で整理します。
Q1. 共同親権になると、何でも元配偶者の許可が必要になりますか?
A. いいえ。日常の行為や緊急対応は単独で行えます。
民法824条の2では、
「監護及び教育に関する日常の行為」および
「子の利益のため急迫の事情があるとき」は
一方の親が単独で親権を行使できると定められています。
Q2. 同一学区内の引っ越しでも相手の同意が必要ですか?
A. 原則として相手の同意が必要です。
転居は子の生活環境に影響を与える事項であり、通常は日常の行為には該当しません。
ただし、DVから避難するときなど安全確保のための緊急転居は例外となり得ます。
Q3. 別居親は学校行事に参加できますか?
A. 通常は可能です。
学校行事への参加は日常の行為に該当すると考えられます。
ただし、学校側の管理判断により制限される場合もあります。
Q4. DVがある場合でも共同親権になりますか?
A. 共同して親権を行うことが困難と判断されれば単独親権になります。
父母間で暴力や心身に有害な影響があり、父母が共同して親権を行うことが困難と認められる場合には、単独親権とされます(民法819条7項)。
Q5 結局、共同親権は子どもにとって良い制度ですか?
A. 父母が適切に関与できる形として望ましい制度ですが、あくまでも制度の目的は「子どもの利益を最大化する」ことです。
法改正の背景には、
「父母が離婚後も適切な形で子の養育に関わり、その責任を果たすことが、子の健全な成長に資する」
という理念があります。
この点において、共同親権は、
「離婚を機に片方の親を法的に排除してしまう」という、従来の単独親権制度の構造から一歩抜け出した制度となっています。
もっとも、制度が整ったからといって、
自動的に円滑な共同養育が実現するわけではありません。
共同親権という制度を活用して、
実質的な共同養育を実現するためには、
-
最低限の意思疎通ができること
-
相互に「親としての人格」を尊重できること
-
子どもの人格を尊重し、子どもの現実的な生活設計を具体的に話し合えること
が現実に求められます。
共同親権は理念としては望ましい制度です。
しかし、それを機能させられるかどうかは、父母の姿勢と関係性にかかっています。
制度の評価と、個別事案での適否は、分けて考える必要があります。
最終的な判断基準は、常に「その子にとって何が最も利益か」という一点に尽きます。
Q6. 子どもが急病になった場合、連絡が取れなくても対応できますか?
A. はい。緊急医療は単独で判断できます。
急迫の事情に該当する場合には、同意を待たずに医療行為を受けさせることが可能です(民法824条の2第1項3号)。
Q7. 再婚して養子縁組をする場合、元配偶者の同意は必要ですか?
A. 原則として必要です。
養子縁組は身分行為であり、日常の行為には該当しません。
ただし、不当に拒否される場合には家庭裁判所の判断を求めることができます(民法797条3項)。
Q8. 親子交流の頻度は法律で決まっていますか?
A. 一律の基準はありません。
子の利益が最も大切であり、子どもの年齢や子どもの気持ちなども総合考慮して個別に定められます。
新法では調停などの手続き中に試行的に親子交流を実施できることも明文化されました。
Q9. 習い事を理由に親子交流を見送ることはできますか?
A. 子どもの事情に応じた調整は可能ですが、親子交流を妨げる意図がある場合は問題となり得ます。
習い事や学校活動は、子どもの成長にとって重要です。
そのため、やむを得ない事情がある場合に親子交流の日程を調整すること自体は否定されません。
しかし、親子交流の実施を困難にする目的で予定を過度に組むなどの行為は、父母の協力義務に反するものと評価される可能性があります。
Q10. 別居親が宿泊交流や長期休暇の分割など、より多くの親子交流を求めた場合、同居親は必ず応じなければなりませんか?
A. いいえ。ただし、単に「負担だ」「高葛藤だから」という理由だけで一律に拒否できるものでもありません。
まず前提として、
親子交流の内容は、父母いずれか一方の希望だけで決まるものではありません。
共同親権のもとでは、
-
まず父母間で協議する
-
協議が整わなければ家庭裁判所で調停をする
-
それでもまとまらなければ審判で判断される
という段階を踏みます。
いきなり「応じなければならない」「拒否できる」と結論づけるものではなく、
その子にとって何が適切かを具体的に検討していくことが求められます。
裁判所が判断する場合には、
-
子どもの年齢
-
生活の安定性
-
心理的負担
-
現在の監護状況
-
これまでの交流実績
などを総合的に考慮します。
例えば、札幌高等裁判所令和4年3月18日決定(家庭の法と裁判60号157頁)では、
紛争性が高い当事者間において、同居親が宿泊付き面会交流に同意していなかったにもかかわらず、
従前の面会交流の実施状況等を踏まえ、裁判所の決定により宿泊付き面会交流が認められました。
この事案で裁判所が重視したのは、父母の感情的対立そのものではなく、
-
交流の積み重ね
-
子どもの具体的な適応状況
-
別居親と子どもとの関係の実質
といった客観的事情でした。
この決定が示しているのは、
「同居親が反対している」という事情だけで交流が否定されるわけではないという点です。
もっとも、交流の拡大が常に認められるわけではありません。
急激な変更が子どもに負担を与えると判断される場合には、段階的な調整がなされることもあります。
宿泊交流の可否は、父母の対立の程度ではなく、
子どもの具体的状況と交流の実施可能性で決まります。
重要なのはここです。
親子交流は、
-
同居親の自由裁量でもなく
-
別居親の権利主張でもなく
子どもの生活設計の問題として、子どもを中心に考える必要があります。
父母の離婚は子どもが選んだものではありません。
父母が別れてしまったその後も、子どもが継続的に両親両方からの愛情に触れ、
自分とも同居親とも異なる価値観や視点に触れながら成長できる環境をどう設計するか――
それが親子交流の本質です。
同居親は、
日常生活を担っている立場として尊重されるべきですが、
それは交流を自由に制限できるという意味ではありません。
別居親は、
親として或いは親権者として、子どもに関与する立場を持ちますが、
現実の生活リズムや子どもの心理的安定を無視して要求できるものでもありません。
共同親権は、関与の可能性を広げる制度です。
その可能性を、子どもの利益に沿う形で具体化できるかどうかが問われています。
親子交流の拡大・制限はいずれも、感情ではなく、具体的事情で説明できるかが鍵になります。
まとめ
共同親権は、
父母双方が子どもの養育責任を引き受ける制度です。
宿泊交流を広げるか、制限するかという問題も、
「どちらの親の主張が通るか」という勝ち負けの問題ではありません。
父母双方が養育責任を分かち合っている以上、どちらか一方の裁量で決まるものでもありません。
問題となるのは、
その子にとって何が最も安定し、
健全な成長につながる生活設計になるのか、という一点です。
共同親権は、
権利を取り合う制度ではなく、責任を分かち合う制度です。
しかし、制度が整っただけでは、その理念は自動的に現実にはなりません。
責任を共有する以上、
どのように意思決定をするのか
どのように親子交流を設計するのか
意見が対立したときにどう調整するのか
を具体的に定めておく必要があります。
そのための「子どもの生活設計書」が、
離婚協議書であり、共同養育計画です。
共同親権を実際に機能させるかどうかは、
制度の有無ではなく、
どれだけ具体的な生活設計がなされているかにかかっています。
理念を掲げるだけでなく、
子どもの日常に落とし込むこと。
それが、共同親権時代に求められる姿勢です。
そして最後に。
共同親権の制度理解と、
実際の生活設計とは、別の技術を要します。
理念を活かすためには、
具体的な設計力が不可欠です。